「ちっ……」
鬱蒼とした森の中。龍宮真名は己の首に付けられた首輪に触れながら舌打ちした。
この首輪、厄介な事に装着者の魔力や気を封じるような効力を持つらしい。おまけに起爆装置付きときた。
乗るか、乗らざるか?
魔眼が使えない状況では、自身の敗北も充分に考えられる。それだけ、このクラスには手練れも多い。
だが、それでも生き残るには、自分以外のクラスメイト全員を殺すしかない。
真名を決意されたのは、自分の配給武器が銃であったのも大きい。
能力を封じられているのは、他の異能者とて同じ。ならば、使い慣れた獲物を手にした自分の方が有利であろう。
「殺るしか無いか……」
苦渋の決断を下した真名は、重苦しい溜息をついた――
「誰かっ……! 誰か助けてっ……!!」
真名がその声を聞いたのは、クラスメイトを殺すと決意してから数十分後の事であった。
声の主は、村上夏美。これといった取り柄の無い、只の一般人だ。
彼女なら、容易く殺せるか――?
銃を握り締め、真名は慎重に声のした方角へと歩を進める。気配を探れない今、状況は自分の目で確認するしかない。
果たして、彼女は其処に居た。丸腰のまま、茂みの中にしゃがみ込む体勢で。
これなら、殺れる――!
真名が銃を構えようとした瞬間、夏美は再び叫んだ。
「誰でもいいっ! 誰かちづ姉を助けて……!! このままじゃ死んじゃうっ……!」
――む?
夏美の他に、まだクラスメイトが近くにいるのか?
残念ながら、今の真名には分からない。だが、夏美ははっきりとちづ姉と言った。
那波千鶴。夏美と仲の良いクラスメイトで、彼女もまた、脆弱な一般人だ。
瞬時に真名は思考を巡らす。あわよくば、二人を殺害する好機ではないか、と――
薄く口許を緩ませ、真名はゆっくりと姿を現した。
「どうした村上、何があった……?」
「龍宮さん!!」
真名の呼び掛けに顔を上げた夏美は、ぽろぽろと泣いていた。そして、縋るように名前を呼ぶ。
――いつでも殺してくれ、と言わんばかりの状態で。
そして、夏美は悲痛な表情で訴えた。
「龍宮さん、ちづ姉を助けて! ちづ姉ケガしてて動けないのっ!」
「……そうか」
と、真名は答えた。千鶴が怪我をした、と夏美は言っている。ならば――
「案内してくれ。誰にやられたのかも気になる――!」
やはり、自分以外にもゲームに乗った者がいたのだろう。情報を掴む事は重要だ。
――二人を殺すのは、全てを聞いた上でも遅くない。
そう判断した真名は、神妙な面持ちのまま夏美の頼み事を聞き入れた。
「あ……、ありがとう龍宮さん!」
夏美の表情に、微かながら生気が戻っていく。そっと涙を拭うと、夏美は立ち上がった。
「龍宮さん、こっち!」
銃を持つ真名に無防備な背中を見せたまま、夏美は森の奥へと駆け出していく。
ここまで警戒されていないと、却って真名の方が気を削がれてしまう。
だが、それでも――
二人を殺すという、真名の決意が揺らぐ事は無かった――
「それで、那波は一体誰にやられたんだ?」
夏美の後を追いながら、真名は情報の引き出しを図る。
「分かんない……。私がちづ姉を見つけた時には、もう……」
「意識はあるのか?」
「一応……。私、ちづ姉と会ってからパニックになっちゃって……」
と、夏美は一端言葉を止め、真名の方を振り返る。そして、恥ずかしそうに笑った。
「龍宮さんに出会えたお陰で、少しは落ち着けたみたい。ありがと、龍宮さん!」
「そ、そうか……」
あまりにも素直な夏美に、思わず真名はどきりとする。同時に、苛立ちを覚えた。
――やめてくれ。そんな目で私を見るな。
私は、お前を殺すつもりなんだぞ。だから、
だからそんな顔をしないでくれ――
真名の心に鈍い痛みが走る。と、その時――
「きゃあっ!?」
前方を走っていた夏美が、豪快につまずいたのだ。当然、夏美は勢い良く地面にキスをする。
「おいおい大丈夫か?」
思わず真名は足を止め、くすりと笑ってしまう。
それが、油断であった。
タタタタタタタッ……。
一瞬、何が起きたのか、真名には理解出来なかった。
立ち込める、硝煙。
次々と自分の身体を貫いた、銃弾。
溢れ出す、血。
茂みの中からマシンガンを携えて笑う、女。
那波千鶴――
「が…あっ……!」
がちゃり、と真名の手から銃が落ちる。やや遅れて、真名は大量の血を吐き、地に伏した。
「ごめんね、龍宮さん……」
真名の銃を拾い、夏美はぼつりと呟く。その表情は、先程までの夏美とは別人のような、冷たい笑顔であった。
薄れゆく意識の中、真名は悟った。全ては、芝居だったのだ――
そして、夏美は引き金を引いた――
「うふふ。さすがは夏美ちゃんね。完璧な演技だったわよ」
全てが終わると、千鶴はにこにこと笑いながら夏美を労う。
「私なんて、まだまだだよ。ちづ姉のシナリオが良かったから、ちゃんと演じられただけだもの」
夏美は、冷たい表情のまま答える。
「さあ、次は誰が引っ掛かるかしら。この調子でどんどん殺しちゃいましょうね」
「うん……」
夏美は真名の亡骸を一瞥し、再び自分の役柄を演じていく。純真無垢な、殺人鬼の配役を――
終
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