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短編No82 真夜中の教室にて

 
作者:スレ汚し
掲載日時:2007/12/22(土) 17:23:18
ネギま! バトルロワイヤル


真夜中の教室。
月明りが忍び込む窓辺に、一人の少女がいた。
60年も前に生を手放した少女には、その境遇故両足が無かった。
見るからに幸の薄そうな顔には、喜怒楽が跣で逃げ出しそうな深い悲哀の表情が張り付いていた。
「どうして‥このクラスなの‥‥?」
透明な窓ガラスに反映する自分に尋ねても、答えは帰って来ない。
少女はかれこれ半日以上このような状態だった。
空気を読んだかのように今宵はひっそりと口を閉じたラップ音。逆に耳が痛くなる程に、無音が校舎の中を巡回していた。
こんな時間から登校しているせっかちは自分だけ。わずかに鼓膜を揺らすは、己の呼吸音のみ、と少女は確信していた。

だが


「さよちゃん‥?」
「!!!!」

「さよ」と呼ばれた少女は、心臓と動きがリンクしたかのように、全身で驚きを表現した。
そして、恐る恐る突如背後に現われた声の主へ顔を向ける。
「‥‥!!」
驚愕のあまり、月並みだが言葉を失ってしまった。
聞こえるはずの無い声は、やはりいるはずの無い人物によるものだったからだ。
「朝倉さん‥‥」
口元を手のひらで覆いながら、予想外の登場人物の名を呟く。
親友:朝倉和美の名前を。




「どうして‥ここに‥‥いるんですか?」
さよが不思議がるのも無理は無い。彼女は‥朝倉和美がこの場所に来ることは全くもって不可能だったからだ。

何故なら、麻帆良学園女子中等部3年A組は今朝から別所の会場で、現在進行形の殺し合いをしているはずだからだ。
一日中学校にいたさよにすら、未だプログラムと言う立派な名前の付いたその殺人ゲームが終了したとも、学園側が強制参加の生徒達の救出に成功したとも知らされていない。
では何故?どうやって?

「分からない」
返答はたった5文字だった。けれど、それが解答者が可能な最大限の言葉での応対だった。
すると和美はへなへなとその場に座り込んでしまった。
正に放心状態と言った感じだった。
力無くうつむいたかと思えば、突然彼女は奥歯鳴らして震え始めた。
「朝倉さん?」
異常を悟ったさよは、自分も身を屈めて和美に寄り添った。

「怖かった‥」
明朗快活な名物報道部員とは思えない声のか細さだった。
「とても怖かった。パルを見つけたから、声を掛けたらパルは乗ってる人間で、私に銃を向けてきて、逃げようとしたら足を‥右足を撃たれたの」



よく回る舌が繰り出す早口を、和美は床を見つめたまま一息にまくし立てた。
さよは傷の度合いを見ようと右足に目を向けたが、何事も無かったかのように再び和美の頭頂部に視点を合わせた。
「私痛くて走れなくて、その場に転んじゃって、パルはそんな私に構わず撃ってきて、最初は肩に当たって、脇腹に当たって、胸に当たって息が出来なくなって‥」
あまりにも痛々しい話に、さよは胸が潰れそうになった。その最中、語りべのスカートに青白い月の光りを反射した滴が数滴落ちるのを目撃した。
「私パルを殺す気なんて無かった。ただ声を掛けただけ‥。
それでもパルは止めてくれなくて、私痛いのに何発も撃ってきて、『助けて』って言ったのに聞いてくれなくて、首に当たって、お腹に当たって、眼に当たって、身体中穴だらけになって、それでもパルは笑って撃ってきた‥。痛いのに‥‥私痛いのに‥」
単語の合間に鼻を啜る回数が段々と増えていった。
「私このまま死ぬのかな、って思った時‥‥‥さよちゃんの顔が浮かんだの。さよちゃんに‥もう一回会いたいと思ったの。そして‥気付いたらここにいたの」




何とかここまで言い切った哀れな和美の、涙腺と言うダムが遂に決壊した。
「うっ‥うぇ‥うわぁぁぁぁぁん」
悲痛過ぎる慟哭が、かたくなに静寂を保っていた教室に轟いた。
「えっぐ‥うわぁぁぁぁぁん」
普段は大人びていても、和美はただの中学3年生。その若さで級友に命を狙われる絶望感と、殺傷の使命を帯びた弾丸の威力を身をもって知るには早過ぎた。
(朝倉さん‥)
さよには和美が体験した痛みも悲しみも味わうことができない。
けれど、自分の両眼から涙が流れているのを、頬の感覚を通して知った。
(可哀相‥)

さよは泣き叫ぶ和美を抱き締めた。いつものような振りではない。初めて肌と肌を触れ合わせた。
(冷たい‥)
正直な感想だった。和美の身体からは体温を感じなかった。
(でも‥)
今まで姿は見えても、手を繋ぐこともできなかった。それが、今はこんなに身近に彼女を感じる。
(あたたかい)
「朝倉さん」
「えっぐ‥えっぐ‥‥?」
さよの呼び掛けに応じて、ゆっくりと頭を上げた和美と目が合った。

滅多に見ることができないが、見たいとも思わなかった親友の泣き顔。



(そっか‥この人も縛られちゃったんだ‥‥私に‥‥‥私のせいで)
さよには和美がここにいる理由が今分かった。
自分が麻帆良学園に縛られている幽霊だとしたら、彼女は‥

「大丈夫。もう、怖がらなくてもいいんですよ。朝倉さんは夢を見ていたんです。悪い夢を。でも、悪い夢はすぐ忘れてしまいます」
さよ自身、鬼籍に入った時のことは覚えていない。だからこそ、その言葉には揺るがない説得力があった。
「さよちゃん‥‥うっ‥」
「泣いて下さい。泣いて忘れて下さい。今夜は私が側にいますから」

にこっ

聖母のように慈愛に満ちた笑みが、和美の中の何かを揺り動かした。

「うっ‥うわぁぁぁぁぁん」
再び泣き始めた和美。だが、悲しみの色に染まっていない。心底からの安心が招いた、清々しい涙だった。
「わ‥私、さよちゃんを一人にしたくなくて‥‥えぐ‥ずっと一緒にいたくてぇ‥」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。これからはずっと二人いられます。ずっと‥ずっと‥‥」


真夜中の教室。
月明りが忍び込む窓辺に、二人の少女がいた。
子供のように泣きじゃくる一人を、もう一人が優しく抱き締めていた。
泣き声は一晩中聞こえていた。


永遠の伴侶を共に誓った少女達には、その境遇故両足が無かった。


〜Fin.〜
 

    [管理人の短編一言感想集] その82
    あれ?目から汗が・・・・・・・。
    珍しいさよ視点の文章力の高い短編。GJ。
    by 別館まとめ管理人(YUYU)
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