「なんで……こんなことになったんだろ……」
森の中、大雨が降っている中で、出席番号28番・村上夏美は呆然と立ち尽くしていた。
大雨が降って全身はずぶ濡れで、流していた涙も雨水と一緒に重力に逆らえずに下へと流れていく。
夏美は自分の前に聳え立っている大きな樹木の根元へと視線を向ける。
そこには、ついさっきまで人であり、今はもう人ではない”モノ”が左胸から大量の血を流して、
大きな樹木に寄りかかっていた。
「どうして……私達がこんな目に遭わないといけないのかな……」
夏美はその人だった”モノ”に話し掛けるように、独り言をポツリと放つ。
その人だった”モノ”が何か返すわけもなく、雨音だけが空しく耳に届く。
「ちづ姉……幸せそうな顔だね……」
目の前にある人だった”モノ”の名を呼び、その表情を見て夏美はまたポツリと呟く。
人だった”モノ”、出席番号21番・那波千鶴の死に顔は、何故だかこれでもかというほどに幸せな笑顔。
一体彼女は死に際に何を思っていたのだろうか。どうして、こんなに幸せそうな死に顔なのだろうか。
夏美はゆっくりと那波千鶴だった”モノ”に近づき、そっとその前にしゃがんで、その顔に触れてみた。
人としての温もりは当の昔に消え去り、雨水と同じ温度が手に伝わる。
「ちづ姉……。ちづ姉が、最期に私に何を伝えたかったのか、私には判らないよ、ごめんね……」
夏美は両の手をしっかりと彼女の頬に当て、微笑を浮かべながら呟く。
「もう一つ謝りたいことがあるんだ……。多分、私もすぐにそっちに行くと思う。もし、
『夏美は生きて』って願ってたら、その願いは守れないかも。だから、ごめんね……」
そう言いながら、夏美は手を彼女から離し、ベルトに挟んでいた拳銃二丁を両手に一つずつ持って、ゆっくりと立ち上がる。
「せめて……、私の最後かもしれない生き様ってやつ……そこで見てて……」
にこりと微笑み、そう呟いた瞬間、夏美は体をすぐさま反転させて両手の銃を構えて引き金を引いた。
ドンッ、ドンッ。
二度の銃声が響き、二発の銃弾が一直線に”誰か”に向かって飛んでいく。
しかし、その”誰か”は即座に木に身を隠して銃弾を回避した。
夏美は拳銃を下ろさず、その”誰か”がいるほうへと構えたまま、鋭い目つきでその方向を睨む。
「不意打ちなんてセコイ真似してないで、正々堂々と出てきたらどうなの?」
雨音で声がかき消されないように、大きめの声で夏美が相手に言い放つ。
その声が届いたのだろう、木の陰に隠れていた”誰か”が、ゆっくりと姿をあらわした。
その相手を夏美は憎悪に満ちた目で睨みつける。
「……あんたがやったんだね?」
千鶴だけでなく、多くのクラスメイトを手にかけたのかという意味を込めて、夏美は問いかけた。
それを相手も察することが出来たのだろう、相手は何も言わずに口元を三日月のように歪ませて笑うと、
右手の指を四本立て、左手をパーにして右手を重ねた。
それが何を意味するか、すぐに夏美は理解し、さらに怒りの表情を浮かべた。
こいつは殺したんだ。笑いながら両手で示した、九人のクラスメイトを。
「許さない……、絶対に許さない……」
夏美はしっかりと両手の銃を握り、引き金に人差し指をかける。
「あんたは私が……この手で殺す」
夏美はそう呟き、相手を見据えてその名を叫んだ。
「アキラァ!!!」
その叫び声に続いて響く二発の銃声。
それが、殺し合いの合図だった。
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「これが……あんたの最期だよ……」
夏美は地に伏せているアキラの頭部に銃口を向け、悲しそうな表情を浮かべて呟いた。
苦しそうに息を乱し、撃たれた肩に手を当てて顔を苦痛で歪めるアキラ。
あんなに綺麗で優しかったのに、こんなにも変わってしまうなんて。
夏美はふとそう思い、悲しい表情が一層濃くなった。
「ふ……ふふ……あははははは」
突然、アキラが笑い出した。それは今まさに死ぬ寸前の恐怖からの乾いた笑いでなく、まるで夏美を嘲笑っているかのような笑い。
「貴女に人が殺せるかな、村上さん」
「……どういうこと……?」
銃口を向けたまま、夏美はアキラに問いかける。
するとアキラはまた小さく声を出して笑った。
「私を殺して、貴女がこのまま生きて帰っても、”人を殺した”という重圧に押しつぶされる。貴女は争いが嫌いな平和主義者、
そんな貴女に人を殺せる? 殺せたとして、これからそのことから逃れられると思う? まだ一人も殺してないんでしょ? 私を殺したら、
”人を殺した”という事実に押しつぶされて、貴女は必ず精神的崩壊の一途を辿るだけよ」
アキラは追い込まれてるにも関わらず、まるで冷静にそう言う。
夏美は驚きと不安が混ざったような表情になる。アキラが言っていることは、きっと本当のことになるだろうと予想がついたからだ。
「それでも私を殺せる? 貴女に私を殺すことが出来る?」
アキラはそう言い、今度は大きな笑い声を上げた。夏美に自分を殺すことなんて出来ないという自信でもあるからだ。
夏美もいざその瞬間が訪れて、明らかに迷いがあった。自分の手で人を殺すという恐怖、それが自分の心を蝕んでいく。
(ちづ姉……私、やっぱり出来ない……)
夏美は不安に押しつぶされそうになりながら、目を瞑って心の中でそう呟いた。
――――何があっても、どんな苦しみがあろうと、生きてください、夏美さん。
――――夢に向かって突き進んでみなさいよ。きっと、幸せに近づけるわよ。
その時、あやかの最期の言葉が、アスナの励ましの言葉が蘇ってきた。
自分のために言葉を投げかけてくれて、自分のせいでこの世を去った友たちの言葉が。
(いいんちょ……アスナ……)
二人のことを心の中で呟いたとき、彼女の声が聞こえてきた。
『夏美、私達の分も幸せになって。苦しいことがあっても、一生懸命に生きて』
幻聴かと思った。けれど、夏美にはしっかりと聞こえた。
今は亡き、最愛の友である千鶴の声が。
夏美は瞑っていた目をそっと開けて、視線を少しだけ空に向けた。
いつのまにか、あの大雨も止んでいる。見えるのは真っ青な空。
そんな空を見て夏美は小さく微笑むと、改めて地に伏せているアキラを見据えて銃口を向けた。
「殺せるの? 私を殺して、貴女はのうのうと生きていけるの?」
嘲笑を浮かべてアキラは問い掛けてくる。
そんなアキラをしっかりと睨みつけて、夏美はゆっくりと口を開いた。
「私は、生きなければならないの。それが、私のせいで死んだいいんちょやアスナ、それから……ちづ姉の願いだから。
生きることは、私の願いじゃない。強いていうなら、私の”使命”だよ」
そう答え、夏美は人差し指に力を込めて引き金を少しだけ引く。あとほんの少し力を加えれば、銃弾は発射される。
アキラは夏美の目を見て本気だとわかり、さっきまでの余裕さを完全に無くしたように不安の表情になった。
「し、使命なんて綺麗事じゃない! 私を殺したら、貴女はその事実に押し潰されるだけよ!!」
声を荒げてアキラがそう言うが、夏美は動揺せず、口を開いた。
「私はその事実から逃げない。止めどない苦しみが生まれたとしても、いいようのない不安に苛まれたとしても、私は生きる。
生きて、生きて、生き抜いて、みんなの分まで生きてやる。みんなが空から安心して見守ってくれるように、強くなってやる。私は……負けない」
「そ、そんなこと、偶像でしかないじゃない!! そんな偶像、すぐに壊れるに決まってる!! 人間なんて、そんな簡単に強くなんてなれやしないわ!!」
全てを悟っているかのようなセリフを叫ぶアキラ。
けれど、夏美はそんなアキラを見てやはり動揺せずに言葉を続けた。
「ちゃんと強くなるまでは偶像でいい。いつか私がちゃんと強くなるその時まで保てばいいの。私は出来るよ」
「嘘だ!! 出来るはずがないわ!! 貴女なんかに!!」
「アキラちゃん、一つ忘れてない?」
ポツリと夏美が呟き、アキラが言葉を止める。
すると夏美はアキラに小さく微笑みかけた。
「私は演劇部員。本当に強くなるまで、その偶像を演じ続けることぐらい、出来るよ」
夏美の言葉を聞いたアキラの表情は愕然とし、諦めや絶望に似た表情になった。
理解した。夏美の心は揺るがないと、もうその手を止めることは出来ないと。
夏美は微笑みだった表情をまた悲しみに染め、銃口をしっかりとアキラの頭部に定める。
「お別れだよ、アキラちゃん。みんなのところに送ってあげるね……」
夏美がそう呟き、ゆっくりと目を瞑る。
「……さよなら……アキラちゃん……」
パーンッ。
最後の銃声が島に響き、戦いの終わりを告げた。
【出席番号6番・大河内アキラ 死亡】
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